帰り道

駅を出た。暗く殺伐とした道はいつもと違う顔を見せていた。昼間のつやつやした木々も温かみを感じる家々も、今は妖しくゆらゆらとうねっている。電灯や電光の看板がギラギラと光っているが、それさえも夜の異様な雰囲気を際立たせていた。世界にたった一人でいるようで、不思議と気持ちが昂っている。さあっと吹いた生暖かい夜風に背中を押されて、私は闇に一歩踏み出した。冒険の始まりだ。最近よく聴く曲を口ずさみながらずんずんと歩いていく。俗世の悩みもしがらみも全て無くなったかのように足が軽い。

猫が前を横切った。らんらんと光る瞳は私をどこかへ誘っている。あの猫は異世界の使者なんだわ、と浮かれ気分で考えた。ついて行こうかしら、とちらりと思ったが、流石にダメよね、と思いとどまる。そうこうしてるうちに曲がり角だ。頭では別のことを考えてるのに間違わずに曲がり角を曲がれるのは、長年の毎日の行き帰りで体が覚えているからだ。

少し歩くと貯水池が見えてきた。私はスキップをしながら貯水池に思いを馳せた。あの中で魔女が儀式でもしてるかもしれない。驚かせてはいけないから忍び足で行こう。スキップを止めてそろりと貯水池を覗き込んだ。教室3個分くらいの大きさの空間がそこにはあった。何も無かった。ぽっかりと空いた大きな穴がそこにはあった。普段は目にも止めない貯水池に、私は釘付けになった。魔女はもちろんいない。けれど、何も無いからこそ、何かあるような気がするのだった。

こつこつと足音がした。取り憑かれたように貯水池に見入っていた私はハッとして辺りを見回した。帽子をかぶったおじさんが私の隣を通り過ぎた。私は急に怖くなって真っ直ぐ家に向かって走った。周りの家よりも、一際明るく暖かく見える私の家がそこにあった。